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ギターは弾いて音を鳴らしてこそ命が宿る――THE ALFEE高見沢俊彦のギター哲学と愛すべき名機たち

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THE ALFEEのライブ映像や写真を見ていると、高見沢さんが曲ごとにギターを持ち替える場面が強く印象に残ります。詳しい機材の知識がなくても、ギターが変わるだけでステージの見え方がガラリと変わることはよく分かりますし、そこには単なる「音色の違い」以上の意味があるように感じられますよね。

まず分かりやすいのは、楽曲に合わせた音作りの違いです。エッジの効いたハードロック、広がりのある重厚なバラード、あるいは繊細な響きが求められる場面など、曲によって必要なサウンドは異なります。ただ、必ずしも「この曲にはこのギター」と固定されているわけではなく、同じ曲であってもツアーや年代によって全く違うギターが使われることも珍しくありません。高見沢さん自身もインタビューで語っていましたが、会場ごとの音響の響きやハコの作りに合わせて、その日の鳴りを考慮してギターを選んでいるという話もあり、プロフェッショナルとしての深いこだわりを感じさせます。

またギターといえば、高見沢さんと坂崎さんは50年代のヴィンテージ・レスポールやストラトキャスターなど、現在では天文学的な価値を持つ年代物の銘器を数多く保有していることでも知られています。通常、そうした貴重なギターは万一の事故や盗難、コンディション変化を避けるため、レコーディングスタジオ限定で使うミュージシャンが大半です。ところが、高見沢さんはそうした1本で数千万円から時に億単位にも達するヴィンテージギターを、ツアーのライブステージで惜しげもなく平気で鳴らしてくれます。歴史的な名機の極上の「生鳴り」を目の前のライブで体感できること自体、音楽ファンにとって非常に贅沢な醍醐味の一つと言えます。

最高峰の音を追求する一方で、ギターにまつわる失敗談や武勇伝のスケールも桁違いです。

象徴的な変形ギターといえば「エンジェルギター」シリーズですが、ある年の夏の野外イベントでは、気合十分で迎えたオープニングの1曲目(Never Fadeでしたか)、イントロが鳴り響く中で派手に転倒。あろうことかエンジェルギターの尖った翼の部分で顔面を強打してしまうという、痛恨かつ伝説のハプニングがありました。オープニングの1曲目で自分のギターの翼に顔を殴られるギタリストなんて、後にも先にも聞いたことがありません。ついでに補足すると、流石にそのまま演奏はできずに、「タイム、タイム!」といってイントロからやり直しています。再開するまでの少しの合間に桜井さん、坂崎さんは「普通の形のギターだったら顔に当たったりしないのにね」「やっぱりギターは普通の形が一番です」と、見も蓋もないフォロー?をしていました。

また、探求心が突き抜けるあまり制作された前代未聞の「4本ネックギター」では、完成したのは良いものの物理的に重すぎて人間が抱えて立つことができず、特注のつっかえ棒(スタンド)で支えなければ演奏不能に。結局ライブで1回しか使われなかったという、壮大すぎる力技の逸話まで残されています。つっかえ棒がないと弾けないギターなんて普通は作りませんし、そんな話も他ではまったく聞いたことがありませんよね。

こうした愛すべきエピソードの一方で、胸を打つのは高見沢さんのギターに対する揺るぎない哲学です。以前「どんなに高価で貴重なヴィンテージでも、ギターは弾いて音を鳴らこそ命が宿る。ケースにしまって飾っておくためのものじゃない」という旨の言葉を語られていたことがありました。傷つくことを恐れず、傷すらもバンドの歴史として刻み込みながら、生きた音を客席のファンへ届けるために惜しみなくステージでかき鳴らす。その姿勢そのものに、本物のロッカーとしての気概と深い楽器への愛を感じずにはいられません。

そしてもうひとつは、視覚的な演出としての役割です。アリーナやスタジアムといった大きな会場では、ギターのフォルムやカラーそのものがステージ全体の印象を決定づけます。象徴的な変形ギターが登場するだけで、イントロが鳴る前から客席の熱気が一気に高まり、「次はあの曲が来るぞ!」という視覚的な合図にもなっています。

ファンとしては、「どの曲でどのギターが登場するのか」を覚えていくのもライブの大きな楽しみです。細かな型番やスペックを知らなくても、「あのギターが出てきた!」という情景そのものが鮮烈な記憶として胸に残ります。高見沢さんにとってギターの持ち替えは、単なる機材の段取りではなく、会場の空気や音響を掴み、楽曲の世界とステージの空気を一瞬で切り替える極めて重要な演出なのだと思います。

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